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東京地方裁判所 平成4年(ワ)18707号 判決

原告

田形実

被告

志村悟

ほか一名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告らは、原告に対し、各自五五九四万七三〇一円及びこれに対する平成元年七月一九日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  争いのない事実

1  事故の発生

(一) 日時 平成元年七月一九日午後〇時三〇分ころ

(二) 場所 東京都杉並区宮前二丁目一番地先路上(環状八号線陸橋上)

(三) 被害車 原告運転の普通乗用自動車(横浜七七む七六六一)

(四) 加害車 被告志村悟(被告志村)運転の普通貨物自動車(群馬一一う六九八七)

(五) 態様 原告が前記場所において、交通渋滞のため、停止している車両の後方から来ていた二台の車両も同じく被害車のすぐ後方に続けて停止した。そこに、進路後方から直進してきた加害車が速度を落とさずに進行してきて、停止している最後尾の車両の後方から追突した。そのため、追突された最後尾の車両が前方に停止していた車両に追突し、その追突された車両が被害車に追突した。

2  責任

(一) 被告志村

前方を注視し進路の安全を確認して進行すべき注意義務があるのに、これを怠り、前方を十分注視せず進路の安全を確認しないで漫然と加害車を運転して本件事故を発生させたものであり、被告志村には民法七〇九条の責任がある。

(二) 被告株式会社静和運輸(被告会社)

加害車を保有し、これを自己の運行の用に供している者であるから、自賠法三条の責任がある。

二  争点

1  本件事故と傷害の因果関係

2  損害等(原告の主張は別紙損害金計算書のとおり。)

第三争点に対する判断

一  (争点1―本件事故と傷害の因果関係)

1  証人鴨川盛秀の証言の要旨は次のとおりである。

(一) 証人は、整形外科を専門とする医師であり、平成二年一二月一八日から、原告を診察している。

原告の傷病名を「外傷性頸部症候群、頸部椎間板ヘルニア」、既存障害として「頸椎後縦靱帯骨化症」があり、症状は平成四年三月六日固定し、頸椎部の運動障害として「前屈四〇度、後屈二〇度、右屈二〇度、左屈二〇度、右回旋三〇度、左回旋三〇度」と診断している。

(二) 外傷性頸部症候群とは、交通事故での追突等による外傷後、首の回りが痛い、めまいがする、耳鳴りがするなどの多彩な症状一般に対しての病名である。証人は原告から、右側の頭痛があり本件事故後同じような症状がずつと続いていると聞いたため、事故による症状と考えてつけた病名である。

椎間板ヘルニアとは、頸椎の間にある椎間板という軟骨の線維輪とよばれる硬い組織の中心にある髄核という柔らかい軟骨組織が外に飛び出した状態をいう。

(三) 原告は平成二年一〇月三〇日に、当時通院していた櫻井病院の矢吹医師の紹介により保谷厚生病院でMRI検査を受けた。その結果、頸椎の二番と三番、三番と四番の間に椎間板ヘルニアが認められた。

原告はこの椎間板ヘルニアによつて神経が圧迫されており、頸髄そのものも若干圧迫されているが程度はそんなに強くない。

(四) 椎間板ヘルニアは、外傷による場合もあり、髄核の老化によつても起こりうるが、原告の椎間板ヘルニアは、本件事故前には症状がなく、また、本件事故後の症状に急に悪化したという事情もないので本件事故による外傷によつて起こつた可能性はある。更に、MRI画像上は障害されてない他の椎間板との間に変化が認められず、長い年月が経つたヘルニアではなく、MRI撮影日から遡ること一年ないし二年の間に右ヘルニアが起こつたと推定できる。

(五) 椎間板ヘルニアは、交通事故による外傷で発症する場合には、一般的には外傷の結果直ちに可動域制限等の症状が現れるものであるが、線維輪に亀裂が入り、時間の経過とともに髄核が少しづつ出てきた可能性もある。

発症の時期を確定することは困難であるが、原告の主訴である頭重感、頸部痛等が本件事故後のある時点で増悪していればともかく、事故後一貫してそうであるならば本件事故により起こつた可能性もある。

(六) 首の運動機能の障害の原因は椎間板ヘルニアが一番関与していると判断している。

頸椎後縦靱帯骨化症については、外傷が加わつた結果具体的な症状が発症した可能性がある。

右証言を総合すると、本件事故直後に椎間板ヘルニアが発症した場合には、外傷によつて直ちに可動域制限等の症状が現れるが、時間の経過とともに髄核が少しづつ出てきた場合には、ある時点で症状の増悪があることになる。

2  そこで、本件事故の原告の通院治療状況等について検討するに、証拠(甲二ないし六、二〇、三〇の1ないし160、三二、乙三ないし六)によると次の事実が認められる。

(一) 原告は本件事故の翌日、後頭部の鈍痛を訴えて城西病院を受診し、頸椎捻挫と診断され、飲み薬と湿布薬を処方され、その後、頭重感を訴えて、平成元年七月二五日、同年八月四日、同月二五日、同年九月二八日と通院し、その間頸部の可動性はフルないしほぼフル(制限は認められない)とされており、伸展時に運動痛があつたが、最終日には時々異和感があるのみであるとして治癒とされた。

(二) 原告は平成元年九月一三日、頭重感、吐き気、めまいを主訴として慈曇堂内科病院の精神科を受診し、頭の検査と内臓の検査を希望したため、脳神経外科の病院を紹介されてCT検査を受けたが、正常と判定された。

その後、狭心症の疑いがあつたため、同月二一日からは慈曇堂内科病院の内科にも並行して受診し、平成二年八月二三日まで内科に受診し、同病院精神科には平成三年七月一八日まで合計六六日間受診した。

同病院精神科では、不安神経症、緊張性頭痛、頭部外傷後遺症と診断されていたが、同科での治療により、頭痛は軽減してゆき、著変なく順調に経過した。

同病院内科では狭心症の経過観察のほか、内臓関係の訴えに対し、薬を処方され、頭痛については精神科の薬の服用で減少してきており、頸部痛については訴えはなかった。

(三) 原告は平成二年三月二二日、内臓の関係の調子が悪かったため、整形外科もある櫻井病院に通院をはじめ、鎮痛剤等の投与、温熱療法、首の牽引を受け、平成三年二月二〇日まで合計四五日間通院した。

(四) 原告は平成二年一二月一八日、櫻井病院の矢吹医師の紹介で、新山手病院の整形外科医である鴨川医師を紹介されて受診し、平成五年五月一八日まで合計一〇六日間通院したが、この間も症状に特別な変化はなかつた。

「最近半年間、自覚的な頸部痛、頭痛、頸椎可動域制限に変化がな」いため、平成四年三月六日症状固定とされた。

(五) この間、平成元年一一月二二日から同年一二月二九日まで関町接骨院に一五日間、平成二年六月四日から同年七月九日まで池田整骨鍼灸院に一〇日間、同年八月三一日から同年一〇月二六日まで松本茂子鍼灸院に一二日間、同年一一月一六日と同月二一日の二日間ブランズウイツクビル診療所にそれぞれ通院して低周波治療等を受けた。

右事実によると、原告の症状の経過には本件事故直後の症状と比較して、特段の増悪があつたとは認められないのであつて、前記鴨川証人の証言を総合すると、椎間板ヘルニアは本件事故直後に発症したものと認めるのが相当である。

そして、これに既存の障害である頸椎後縦靱帯骨化症が寄与して、原告の傷害として頭痛、頸部痛等が発症したものというべきである。

二  (争点2―損害等)

1  治療費

証拠(甲三〇の1ないし147)に前記認定の事実を総合すると、前記認定の通院等によりその治療費として二二万一七四六円を支払つたことが認められる。

なお、鴨川医師は症状固定を平成四年三月六日としているので、それ以降の平成四年四月一九日からの治療費は損害とは認められない(甲三〇の148以降の分)。

2  通院交通費

証拠(甲三二)に前記認定事実を総合すると、平成四年三月六日までの通院交通費として七万〇〇二〇円を支払つたことが認められる。

平成四年四月一九日からの通院交通費が損害と認められないことは前記のとおりである。

3  休業損害

証拠(甲八の1ないし9)によると平成二年三月から欠勤が増え、同年五月からは殆ど欠勤状態となつていることが認められるが、本件事故から約七か月間は欠勤の事実が認められないこと、前記認定のとおり平成二年三月ころは、慈曇堂内科病院に通院しているが特別な変化があつたことは窺われず、また、同時期に櫻井病院に通院をはじめているが、それは前記認定のとおり原告の内臓の調子が悪かつたためであり、原告の頭痛等の症状は本件事故直後から増悪していないことを勘案すると、原告の休業が本件事故の結果によるものとするには疑念を抱かざるをえず、仮に休業が本件事故と幾分かの因果関係があるとしても、その割合は三五パーセントを超えないものであり、原告の請求する休業損害は、すでに労災給付(三八四万五五五六円)によつて填補されているものというべきである。

4  逸失利益

後遺症として原告は、自賠法施行令二条の別表後遺障害等級表の第七級の四に該当すると主張し、証拠(甲六、証人鴨川)によると、平成二年一二月一八日の新山手病院の初診時に原告の頸部に中等度の運動障害の存在したことが認められるが、前記認定のとおり、原告の頸椎の椎間板ヘルニアは本件事故直後に発症したものであるにもかかわらず、その直後に受診した城西病院の診察時においては頸部の可動域に制限は認められていないこと、鴨川証人の証言によると一般的には椎間板の障害が発生したときに可動域の制限が発現すること、原告には既存の障害として頸椎後縦靱帯骨化症があり、これによつても脊髄または神経根の圧迫による神経学的症状が発現することがあり、主訴は上・下肢のしびれ、痛み、運動障害であること(甲二二)を勘案すると、原告に現れた頸部の可動域の制限をもつて、本件事故と因果関係のあるものと認めることはできない。

5  慰謝料

(一) 通院慰謝料

原告の通院日数、通院頻度、症状固定の六か月前から症状に変化がなかつたことなどの諸事情を勘案すると、原告の本件事故による通院慰謝料は五六万円を相当と認める。

(二) 後遺症慰謝料

前記認定のとおり、原告の頸部運動障害は本件事故と因果関係がなく、右慰謝料は認められない。

6  小計

右1ないし5の小計は八五万一七六六円(3の休業損害は労災から填補済みとした。)となり、その損害額は填補額八六万六九〇七円(甲一四の1ないし3、甲一五)を下回ることになる。

三  結論

以上によると原告の請求は理由がないから棄却する。

(裁判官 竹内純一)

損害計算書

事件番号4―18707

当事者 田形実VS志村悟・(株)静和運輸

〈省略〉

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